今日は京都東山にある、真言宗泉湧寺派寺院の「即成院(そくじょういん)」に行ってまいりました。即成院に素晴らしい仏像があると聞いたからです。東寺・三十三間堂・平等院。この3つのお寺には私の最も好きな仏像がおられるので、昨年だけでもそれぞれ4回も仏像に会いに行きました。知らず知らずのうちに、仏像に惹きつけられて何度も足を運んでいたのです。国宝級の神社仏閣は、建築や美術、工芸品を「鑑賞」するために行くという感じですが、仏像の場合は違います。仏像を「見に行く」ではなく「会いに行く」のです。
色々な仏像がありますが、中にとても心が動揺する仏像があります。その時々、動揺の仕方は違うのですが、例えば「心が平安になって幸せな気分になる」、「楽しい気分になり笑いたくなる」、「何かが怖い」、「悲しい気持ちや嬉しいきもちになり涙が流れる」など本当に様々です。心が動揺した仏像は、私にとって貴重な存在です。
同じ仏像と対面しても、その時その時感じ方や心のザワメキが違うのは、その時の自分の心の有りようです。心はとても正直で、心に潜在しているものが仏像と対面することで浮き上がってくる、その瞬間を感じることができます。今、自分はどんな状態なのだろう?と見つめなおすことができます。目に見えないものと通じ何かを得る事は、「スピリチュアル」ということなのでしょうか!?
即成院は、檀家さんのためのお寺といった感じで、こんな素朴で小さな本堂の中に、阿弥陀如来と二十五の菩薩がおられるのだろうか?と不安になります。履物を脱いであがると、畳の間の奥に、大きな阿弥陀如来と二十五菩薩の並ぶ小さなお堂がありました。一同が揃って並ぶお姿は荘厳です!正座をしてしばらく対面しているとなにやら胸にこみ上がってきます。
「間近で拝見することは出来ますか?」と尋ねると、お寺の方が、小さなお堂の中を丁寧に案内してくださいました。
「平安時代に藤原頼道が、宇治平等院を建てて極楽浄土を願いましたが、その息子橘俊綱もまた、宇治川の対岸に山荘を建て、そこに阿弥陀如来と菩薩を置いていたらしいのです。平等院の仏像は有名な仏師定朝によるものですが、こちらの仏像はその弟子によって彫られたと言われています。そしてのち、伏見の山の上に大きな山荘を作り、その中に光明院という阿弥陀堂を作りました。その後、豊臣秀吉が伏見城を作ることになり、光明院を追い出しました。仏像はそのたびに移動して、ご縁があって、ここ泉湧寺のそばに移り、即成院となったわけです」。お寺の方は、そのお話をこの前のことのように説明してくださいました。
「それは、いつのお話ですか!?」「ですから…、えっと600年くらい前ですね。こちらに来たのは明治になってからです」。
重要文化財の阿弥陀如来と二十五菩薩は撮影ができませんでした。が…画像がありましたので見てください。仏像は移動しているうちに損傷してしまい、二十五のうち十躰ほどは、平安時代に作られた時のままのお姿で残っていましたが、十五躰ほどは江戸時代に次々と作り変えられたそうです。仏師も違うので、全然お顔が違うでしょう?と一つ一つ説明してくださいます。
極楽浄土から楽器を奏でて迎えに来る、菩薩様のお顔は、今にも動き出しそうな微笑みの表情でした。そして今日はすごい出会いをしました。
今日出会った阿弥陀如来と菩薩は、四百年ほど前までは今の東山の場所ではなく、伏見城以前の伏見の土地におられたのですが、その場所はまさしく今私が住んでいる場所でした。大昔、阿弥陀如来・菩薩がおられた場所とは知らずに私は住んでいて、四百年遅ればせながらここで巡り合えた!という不思議なお導き!?を感じました。「こちらの仏像は、まだ世間にあまり知られていないのです。一般の方が見ていただけるようになったのも、3年ほど前からですから」。
お寺の空気は澄んでいて、心が洗われるようでした。お寺の方もとても親切で、フラリとやってきた私に一から丁寧にお話ししてくだって、温かい気持ちになりました。このお寺、なんだかあまり知られたくない気もします。一人静かに仏像と出会える場所として大事にしておきたいな、と思いました。
京都東山 現世極楽浄土 即成院
〒605-0977 京都市東山泉涌寺山内町28
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