追憶のブラッド・レンフロ
2008年の1月15日、25歳の若さで急死した
ブラッド・レンフロを覚えてますか?
新作映画『The Informer』を見ていたら彼が出ていたのでびっくりした。
急逝する直前に撮り終えた遺作だそうだ。
欲望底なしの甘やかされた人間たちの自己チュー人生を描く物語の中で
うさんくさい兄(『レスラー』で再ブレイクする前のミッキー・ローク)に
脅え、あがいてもあがいても社会の底辺から抜け出せない
貧しい若者を演じている小太りの役者が
「ブラッド・レンフロだ!」と気がつくのに時間がかかった。
アップになると、名子役と呼ばれたゆえんとなった目、
ワイルドなのに傷つきやすい、タフさともろさが同居している
表現力豊な、あの目が人生のやるせなさを訴えていた。
彼の短い人生の一部を垣間見たひとりとして、
26本の出演作のうち19本くらいは見ている観客として、
“麻薬依存で自滅型の元子役”というレッテルのもとに
葬られてしまった彼の話をちょっとだけ。
11歳のときに『依頼人』(94) で彗星のように現れ、
その後4年間くらい子役スターとしてもてはやされた。
『ゴールデンボーイ』(98)では、名優イアン・マッケラン相手に
互角に演技していた。
最初に会ったのは彼が13歳のとき。
黒いレザージャケット&パンツの大人びた服装が、
小柄な身体とあどけない顔に不釣り合いな感じだった。
ブラッドは、演技者という仕事、その仕事が運んできた
降って湧いたような世間の注目に戸惑っていた。
「将来は監督もしてみたい」と夢一杯に前方を見つめている会話の中で、
唐突に「両親と一緒に生活したことがない」と言った。
父母は麻薬依存症でリハビリ施設を出たり入ったりしており、
ずっと祖母に育てられていたのだ。
そのときの口調は、つらそうでもなく、自分を哀れんでいる色合いもなく、
ただ「僕の父は会社員です」とでも話すような調子だった。
その後さらに数回会った。
いつも親切で礼儀正しかったし、
写真撮影におばあちゃんを連れて来て、優しく接していた。
(彼女はブラッドが急死した2週間後に、76歳で他界)
依存症を克服しようと真剣に戦った時期もあったと聞く。
ハリウッドには、でしゃばりすぎる親がそばにいるために
不幸になる子役もいれば、彼みたいに
親の不在が不幸の一端をになう場合もある。
「ハリウッドに近づくな。ハリウッド・パーティから離れてろ」と
TVのインタビューで話す彼を見たことがある。
ハリウッドに関わらなかったら、ヘロイン摂取過多で
命をなくすこともなかったのか?と聞かれても、
イエスとは答えられない。ただ、この惑星には
確かに近づかないほうがいい誘惑がたくさんあることは事実だ。
※写真は、ROADSHOW1996年11月号表紙と1995年7月の来日時の特写
PHOTOGRAPH by SHINKA SHINOHARA
2009-04-27 | 固定リンク





