“自由の国アメリカ”を生きた実在の男たち 「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」&「ラフマニノフ ある愛の調べ」

アメリカ――と聞くと、つい“自由の国”という枕詞をつけたくなります(まぁ、最近ではいろんな問題が表面化して、単純に“自由”を謳ってはいられないようですが)。今週は時代も国籍も異なりますが、“自由の国”アメリカを生きた実在の男たちの物語です。
「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」――チャーリー・ウィルソン(トム・ハンクス)はテキサス州選出の下院議員。酒と女性が大好きで、再選されたことが唯一の功績と言われるような存在だ。しかし、ソビエト連邦軍に侵攻されたアフガニスタンのニュースを見たとき、彼の中で何かが起きる。国防費歳出小委員会のメンバーだった彼は、アフガニスタンへの密かな加勢費用を倍にするよう働きかける。そんな動きを察知したのが、テキサス州で6番目の大富豪ジョアン(ジュリア・ロバーツ)だった。反共主義者でアフガニスタンの支援活動を精力的に行っていた彼女に難民キャンプを見せられたチャーリーは、決意を新たに、情報収集のためCIAから担当者を呼び寄せる。やってきたガスト(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、切れ者過ぎて出世街道から外れた男だったが、その的確な情報と指南で、小さな動きは大きなうねりを起こし始め――。
久々に登場のT・ハンクス最新作は実話。お気楽議員の義憤がきっかけで、世界が変わったという物語です。膨大な予算で最新兵器を湯水のように投入して隣国に侵攻したソ連。対するアフガニスタンに資金はなく、最新戦闘機に昔ながらの銃で立ち向うのですから、勝負になるはずがない。おもちゃ型爆弾の投下で子供たちまでが無残な目に遭っているのを知ったチャーリーは、何が何でもソ連に一泡吹かせようと決心するのです。
権力も、世界情勢の大した知識もなかった彼が、ガストやジョアンと作戦を立て、自分の人脈を使い、ジワジワとアメリカを動かしていきます。時にコミカルで楽天的にも見える彼の行動が、おもしろいように形を成し、実現していくさまは痛快です。
「自分が息をしている限り、ソ連に自分たちのしたことのつけを支払わせ、アフガニスタン人を助ける」。それまで大した実績もない、単なる頭数合わせのような議員だった彼を決意させたものは何だったのか。チャーリーは少年時代のある出来事をきっかけに、生まれながらに手にしている母国の“自由”と“平等”の意味を実感していました。だから、“自由”を脅かされ、難民としてさまよう人々の状況を許すことができなかったのです。
アメリカに生きる自分だからできること――目的に向って突き進むチャーリーの姿に、彼がいかに母国を信じ、自由と平和に囲まれた日常を大切にしているかが見えてきます。
全編、明るくコミカルなトーン。でも、「9.11」を知っている私は、どうしても拍手喝采だけして見ることができませんでした。考えないではいられません。なぜ、19人のテロリストたちが、アフガニスタンからやってきたのか。それはチャーリー自身の苦いモノローグとして、エンディングを飾ります。もし、ソ連軍撤退後に彼とガストの提案が実現していたら――歴史に「たら」「れば」は禁物ですが――「9.11」はなかったかもしれない。現実のチャーリーは政界を引退しましたが、軽快なエンタテインメントの向こう側の現実は、今なお、続いています。
「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」 5月17日(土)~、日劇1他、全国公開
オフィシャルサイト http://charlie-w.com
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「ラフマニノフ ある愛の調べ」――その夜、アメリカのカーネギー・ホールは興奮に包まれた。ロシアから亡命してきた天才ピアニストにして作曲家であるセルゲイ・ラフマニノフ(エフゲニー・ツィガノフ)の神業のような演奏が披露されたのだ。熱狂的な賞賛に、ラフマニノフの友人で主催者のスタインウェイ(アレクセイ・コルトネフ)は、200日で100都市をまわる超人的ツアーを企画。ラフマニノフは妻ナターシャ(ヴィクトリア・トルストガノヴァ)とともに出発する。各地で大成功を収めながらも、日に日に憔悴していくラフマニノフ。故国への望郷の念。新しい曲ができない焦り。優しい妻の励ましも疎ましく、自分の殻に閉じこもってしまう。そんなある日、贈り主不明のライラックの花束が届く。それは、彼にとって忘れることのできない思い出の花だった。一体誰が? 呼び覚まされた懐かしい記憶を胸に、新たな旋律が生まれようとしていた。
コミック、ドラマ共に人気を博した『のだめカンタービレ』に出てきた「ピアノ協奏曲第2番」の作曲者と言えば、「ああ、あの」とすぐわかるかもしれません。超絶的テクニックを駆使して数々の美しい難曲を生み出した彼は、ドから1オクターブ半上のソまで届く(!)ほどの大きな手を持っていたそうです。
その大きな手の持つイメージとは逆に、繊細で神経質な彼は、家庭的にはあまり恵まれていませんでした。裕福だった生家は没落し両親は離婚。才能を認めてくれた恩師とは方針の違いから決別。人妻との熱烈な恋と手痛い失恋。初めて作曲した交響曲の失敗とそれによる神経衰弱。そして、革命を受け入れられなかったがために故国まで失います。その彼が自由な音楽活動を目指し、妻や娘を連れて亡命した先がアメリカでした。
夢と希望を抱いて渡米したのに、生活のため多くの時間を演奏活動に費やさなければならなかったことは、作曲を優先したい彼にとってはとてもつらいこと。才能溢れる音楽家をアメリカは大歓迎しますが、彼の焦燥感は癒されることはありません。もし、違った時代に生まれていたら、と思わずにはいられません。
そんな彼の元に届いたライラックの花。「伝記的な映画ではなく彼の生涯を自由に解釈した愛の物語」とパーヴェル・ルンギン監督が語るように、本作は事実と想像で織り成されていますが、この贈り主不明の花束は事実だそうです。この贈り主が誰だったかという解釈がとってもステキ。悲劇の音楽家であったラフマニノフですが、アメリカにわたってのちの人生は、少しは心穏やかに過ごせたのではないか、と信じたくなります。
1943年、ガンのため、ロサンゼルスで死去した彼は、ニューヨークのロシア人墓地に埋葬されました。自由を求めてアメリカに来ましたが、故郷への想いは断ちがたく、演奏会のギャランティをソビエト領事館に寄付したこともあったというラフマニノフ。今は、もっと自由な国で、自由に音楽を楽しんでいるのでしょうか。
「ラフマニノフ ある愛の調べ」 Bunkamuraル・シネマで公開中、他全国順次公開
オフィシャルサイトhttp://rachmaninoff.gyao.jp
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