音楽と友情と優しさに満ちた再生のドラマ──『再会の街で』

どうしようもなく落ち込んだり、傷ついたりしたとき、想い出の曲が心を癒してくれる場合がある。音楽には、ただ楽しむため、ストレス発散のためだけではなく、ときに人を支え、救うパワーがあると思う。そんな、とてつもない喪失感を味わった主人公が、音楽と友情に支えられ、再生してゆく感動作が、この『再会の街で』だ。
ニューヨークに暮らすアラン(ドン・チードル)は、愛する家族に恵まれ仕事も順調の歯科医。一見、何不自由ない成功者に見えるが、心を許せる友だちのいないアランは、職場にも家庭にも息苦しさを感じていた。そんなとき、街で偶然、消息不明だった大学時代の友人チャーリー(アダム・サンドラー)と出会う。だが、チャーリーはアランのことを覚えていないと言うのだ。しかも、歯科医を辞めたあと仕事もせず、趣味はアナログ・レコード集めと模様替え、自分の殻に閉じこもってテレビゲームに興じている。そんなチャーリーが気になったアランは、時間を見つけてはチャーリーのアパートを訪ね、まるで学生時代の延長のような交流を育んでゆく。だが、想い出話には花が咲くものの、消息不明期間の話になると、口を閉ざし話を逸らそうとするチャーリー。そしてアランは、チャーリーが9・11の飛行機事故で最愛の妻子を亡くし、その喪失感から逃れるために、妻と出会った後の記憶をすべてシャットアウトしている、という事実を知るのだ。
チャーリーは、つねにiPodとヘッドホンを携帯し、まるで身を守るかのように音楽に耳を傾ける。流れてくるのは、まだ将来に希望がもてた大学時代に聴いていた70年代~80年代の音楽。それも、愛する女性への思いを歌った曲が多い、というのが、また胸にジーンとくる。
しかも、音楽に支えられ辛うじて生きているチャーリーをただ映すのではなく、アランの目線で見せてゆく、というのがポイント。チャーリーのような経験をしている人はそうはいないし、我々のほとんどはアランの立場だ。そのアランの、「いかにチャーリーとの友情を育んでゆくか」という思いを通して、見ているこちらまでが、チャーリーの喪失や痛みを身近で感じているかのような気分になる。リアルな感情が生々しく伝わってくるのだ。
さらに、良き友人を必要としているのは、チャーリーだけでなくアランも同じという描写が、観る者をより一層スクリーンに引き込む。2人は見た目や性格は正反対だけど、どちらもかなりのコミュニケーション下手。自分の気持ちを素直に出せない、どうせ誰もわかってくれない、というタイプ。そんな2人が、最初はギクシャクするものの、一緒にゲームをし夜遊びをし、付き合いを重ねるにつれ、ケンカもできるようになる。そして、慣れてないからおっかなびっくりの手探りだけど、相手を思いやるようになる。その過程が、なんともステキで微笑ましい。
また、チャーリーが心に抱えるやり切れない喪失感やアランの空虚感をしっかり見据えながらも、ユーモアを忘れないところも本作の魅力。それは、主演2人の人間味あふれる演技によるところ大。サンドラーがユニークさと悲痛さを併せ持つチャーリーになりきれば、チードルは生真面目すぎてバカを見るアランを、万年困った顔で演じ笑いをとる。そのコンビ・バランスが絶妙なのだ。
人は脆い、けれども支えがあれば強くもなれる、そしてなにより愛しいと痛感させる、心に響く人間ドラマです。
『再会の街で』 恵比寿ガーデンシネマ、新宿武蔵野館ほかにて公開中。以下、全国順次公開
オフィシャルサイト http://www.sonypictures.jp/movies/reignoverme/
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