心が“しあわせ”で満たされる感動作──『オリヲン座からの招待状』

偏見かもしれないけど、小説の映画化にはちょっと抵抗がある。これまで、どんなに映画の出来が良くっても、原作を超える映画には出会えていないからだ。きっと、想像力の問題だと思う。絵のない小説の方が、いくらでも妄想がふくらむから。その後、スクリーンで絵を見ても、自分のイメージとのギャップに違和感を感じて、映画そのものにのめり込めなくなってしまう。なので極力、映画を先に観て、気に入ったものは原作も読むようにしているんだけど、今度は役者の顔がチラついて想像力が減退してしまうんですよねぇ(笑)。
しかし、“へぇ~、こんなアプローチもあるんだぁ”と目からウロコだったのが、浅田次郎の短編集『鉄道員』の中の1編を映画化した、この『オリヲン座からの招待状』。スポットをどの登場人物に、そして現在(原作)、それとも過去(映画)に当てるかで、味わいが違う。たしかに、同じことを描いてはいるんだけど、目線を変えるだけで拡がりが出てくるのだ。別項のインタビューで、浅田氏本人も「小説と映画が理想的な愛情関係にあることがわかる好例」と述べているが、まさにそのとおり。映画の主人公、トヨ(宮沢りえ/中原ひとみ)と留吉(加瀬亮/原田芳雄)の相手を思いやり慈しむ夫婦関係のように、映画が意志と敬意をもって小説に連れ添っている。
物語は、東京で別居生活を送る夫婦、裕次(田口トモロヲ)と良枝(樋口可南子)の元に、故郷の京都から1通の招待状が届くところから始まる。それは、子ども時代の2人にとっての想い出の場所、京都の映画館のオリヲン座が閉館するという知らせであり、それに伴う最後の上映への招待でもあった。
昭和30年代のオリヲン座は、映画好きで職人肌の館主(宇崎竜童)と働き者の妻トヨ(宮沢りえ)、そして頑張り屋の弟子、留吉(加瀬亮)で切り盛りしている憩いの場だった。しかし、館主が病に倒れ他界してしまったあたりから、状況が厳しくなる。未亡人の若女将と住み込みの弟子というだけで口さがないウワサを立てられたり、テレビの登場で映画産業自体も下火になりつつある時代。それでも、2人は館主の「ほかしたらあかん」という遺志を受け継ぎ、オリヲン座を守り続ける。その模様と、そして迎える最終興行までが描かれてゆく。
舞台が映画館ということもあるからかもしれないけど、『ニュー・シネマ・パラダイス』の昭和版といった趣。『ニュー・シネマ~』にも、トト少年と映写技師のおじさんの印象的な自転車シーンがあったけど、こちらでは宮沢りえちゃんが、切ないくらい美しい自転車シーンをみせてくれる。さらに、『ニュー・シネマ~』にエンニオ・モリコーネの心に残る音楽があったように、こちらにはジャズ・アーティストの上原ひろみの音楽があり、それがまた泣けてくるほど心に響く。
とはいえ、こっちの主役は男と女、そしてその関係という部分が、本作ならではのポイント。主人公であるトヨと留吉の、自分の気持ちを抑えて、つねに相手を思いやる、恋愛と友情の間のようなパートナーシップが、ステキなのだ。トヨは夫の遺志を継いでくれた留吉に感謝の心を忘れないし、留吉はオリヲン座もトヨも全力で守ろうとする。同じ目的があるから、ひとりじゃないから、どんな中傷も困難も乗り越えられる。こんな愛し方もあるんだなぁ~と、観ているこっちの気持ちまで温かくする、やさしい関係。
そんな2人のつながりが、裕次と良枝に忘れていた大切なことを想い出させる。あの頃はよかったという想い出話で終わるのではなく、きちんと“いま”の話になっているところもイイ。ぜひとも、恋人や親友と観に行ってほしい、やさしさに感涙する作品です。
『オリヲン座からの招待状』 11月3日(土・祝)~全国東映系にて公開
オフィシャルサイト http://www.orionza-movie.jp/
(c)2007「オリヲン座からの招待状」製作委員会
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2007-11-02 【映画】 | 固定リンク
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