まごうことなき実験小説。だけど、スイスイ読みやすい。離れ業をやってのけた芥川賞受賞作『アサッテの人』
こういう仕事をしているのにナンですが、私はそれほど「文学賞」に興味はありません。というのも、受賞する作品や作家は、もちろんいつだって賞にふさわしいけれど、受賞するにふさわしいのに一向に受賞しない作家さんもいらっしゃるので、時に憤懣やる方ない思いに駆られるのであります。だから、「賞」にまどわされることなく、自分の「好き」「すごい」「面白い」という感覚に沿って本を選びたいと思っています。
そんな私でありますが、しかし、今回の直木賞、芥川賞には、超、超、超納得なんだな~。前回ご紹介した直木賞受賞作『吉原手引草』もすごく良かったし、今回ご紹介する諏訪哲史さんの『アサッテの人』も、すごーーーーーく面白くて驚愕しました!!
語り手である「私」の叔父が、ある日、突然失踪します。その叔父は、折に触れて奇怪な言葉「ポンパ!」を発していました。ポンパほど頻繁ではないけれど、「タポンテュー」とか「ぁチリパッハ」とか「ホエミャウ」といった言葉も、他人から見れば、まさに脈略もなく、叔父の口から飛び出していました。「ぁチリパッハ」の「ぁ」は「あ」ではなく、あくまで小さい「ぁ」で、「ぁ」と「あ」では、叔父の中でてんで違うわけですが、だからといって、「ぁチリパッハ」という言葉そのものに、意味はありません。
と書くと、ポンパ叔父さんが、一見してわかる「変わった人」であるかのようですが、さにあらず。ふだんは、いたって普通で常識をわきまえた社会人でありました。
ただ、吃音に悩んでいた10代の頃から「言葉」に強い関心を抱いていた、という点は一風変わった面ではあります。そして、なぜか突然、吃音が治ってしまった20代以降、叔父は「みんなと同じように発音できるようになる=定式に囚われる」ことに違和感を抱くようになりました。彼の繊細な感受性は「アサッテの方角」に強く舵を切ることになり、「アサッテ」な言動が顕在化し始めます。さらに、妻・朋子さんを不慮の事故で亡くしてから、叔父のアサッテは加速度を増したように見えて……。
そんな叔父が失踪前に残した日記を題材に、小説を書こうとする「私」が話を進めていく物語、それが『アサッテの人』です。
さて、私が勝手に略して書いた「あらすじ」を読んでいただいて、どうお感じになったでしょう。なんだか難しそうな小説だなあ……。そう思った方もいるかもしれません。実際、非常にアヴァンギャルドで実験的な小説であると思います。でも、諏訪さんが描く叔父と私と朋子さんは、温もりとユーモアがたっぷりで、思わず心がホカホカしちゃうし、「無意味な言葉」を触媒に表現された「アサッテ」的なるものが、「変わった人」特有のものではなく、「私は普通」と思っている、あるいは、そんな意識すら持っていない人であっても、きっと共有できる感覚であることが、読者の幅を広げるに違いないと思いました。
本作は諏訪さんのデビュー作。群像新人賞と芥川賞を同作品で受賞したのは、なんと、あの村上龍先生の『限りなく透明に近いブルー』以来のことだそう。いかに「快挙」だったか、ということがわかります。
諏訪さんご自身も吃音に悩んだ経験を持ち、「ポンパ」は、昨年亡くなったお父様の口癖で、家族の中でだけ通じる、諏訪家の言葉だったそうです。今回の快挙、諏訪さんを空から見守っているお父様が、きっととても喜んでいらっしゃるでしょうね。
もし『アサッテの人』が無冠の小説であったなら、素晴らしい作品であるにも関わらず、部数的には、ひっそりとした売れ行きだったかもしれません。でも華々しくついた「箔」のお陰で、多くの読者を獲得するはず。そう思うと、賞を受賞するとしないとでは、やっぱり全然違ってくるもんだなあ、なんて思ったりもしました。
『アサッテの人』(講談社)定価1575円
諏訪哲史 著
『アサッテの人』を発行している講談社のサイトはこちら。
http://www.kodansha.co.jp/
お勧め度 ★★★★★
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